刺激は悲劇?

ワタシの特性

こんにちは。

ふみです。

今日は昨日からの迷走状態を記録したいと思います。

はじめに

きっかけは先輩ブロガーの記事を閲覧したことでした。

読書の書評ブログや介護エピソードをマンガでつづる人、田舎に移住し読者からの実体験エピソードをマンガ化している人などです。

書評はnoteで有料コンテンツを含む人気ブログで、ご自身で読まれたビジネス書の理解を深めるため、アウトプットとしてブログに書き始めたとのこと。分かりやすい解説やマイルドな人柄が文面に出ておりとても好感が持てました。

問題が発生したのは、介護のお仕事をテーマにしたブログでした。

こちらはアメーバブログのトップブロガーの方で、50代で専業主婦から介護職へ転身し、その日々の出来事が赤裸々につづられていました。

主人公はとても明るく元気な性格で、架空のキャラクター設定されている家族、特に義母との角突き合わせるエピソードや介護現場で目にした心温まるエピソードなどがライトなイラストと軽妙なセリフでつづられていました。

端々に広告があり少し気になりましたが、内容はとても読みやすく続きが気になる書き方で、介護士になるまでの道のりや、なってからの様子もリアリティーがありました。

これから介護職を目指す方が見たら励みになるだろうなぁと感心していました。

職業=自己実現?

しかし、閲覧するうちに沸々と芽生える「私も看護師なのに」という、ジェラシーにも似た感情。

なぜこのような思いが湧いてきたかというと、2人目を出産し仕事を離れて以来、看護師資格を保有しているのに、看護業務に従事していないことが大きな罪悪感として感じられていたからです。

資格はあくまで自分の一部のはずが、私は「職業=自己実現」という感覚をなかなかぬぐえないでいるのです。

この感覚にスイッチが入ると厄介なことが始まります。

仕事探しです。

脳内が多動になる

あたたかな介護エピソードから着想を得て、地域に密着した療養型の中規模病院に求人がないか調べ始めたのです。

  • 子育て中の母親が多い職場は
  • 日勤専従が可能か
  • パートの募集があるか

などを気にしながら、気が付くと昼食も摂らずに2時間が経過していました。

完全なる過集中

  • 応募して通ったら、登園時間は何時になるの?
  • 逆算して夜は何時に寝るの?
  • お迎えは?
  • 晩御飯は毎日用意できる?
  • 土日出勤は免除してくれそう?
  • 思い立ったら吉日!看護部へ電話しようか?
  • 待て待て、まずは職場の雰囲気を見たほうがいいかな?
  • 病院見学の申し込みをしようかな?
  • 夫に相談なしで決めたら、注意されちゃう?←思い付きで行動しないように釘を刺されている。

といった具合で、一通り思いを巡らせた後、夫の帰宅を待って相談するのでした。

良き相談相手は

夫は少し呆れた様子で「気になるならやってみたら」と、意外に反対しなかったので、夫の真意が知りたくて、もう少し言葉を足してほしいとお願いしました。

すると・・・

これまでになぜ「看護師を辞めた」のか思い返すように言われました。

確かに大病院で下積み時代を過ごし、8年以上看護業務に従事しました。

しかし、出産後は子ども都合で休みを言い出す罪悪感や、職業柄、頻繁に手洗いを要するため手湿疹が悪化・・・精神的にも肉体的にも耐えられなくなり現場を退いたのです。それなのに、根幹の問題が未解決のまま医療現場に舞い戻っては同じ過ちを繰り返すことになります。

そして、募る不完全燃焼感

こうやって、いつも同じ気持ちの繰り返しになるのです。

正しい知識を身につける

ちょうど図書館で借りた本にこんなことが書いてありました。

“発達障害でない多くの人も似たり寄ったり。皆が皆意欲があって、自分の興味のある分野に、目を輝かせて働いているわけではありません。――中略――働いていない状態が健康上も精神安定上もよくないから(つまり暇すぎるとかえって苦しむから)なのでしょう。――中略――大部分の人にとって仕事は人生の一つの側面でしかありません。自己実現や自己表現は他のことでしてもよく、仕事をそれほど大仰に考えなくてもよいのではないでしょうか。”

引用文献 鈴木慶太.飯島さなえ著. 知ってラクになる!発達障害の悩みにこたえる本,

大和書房,2018,p.210-212. 

おわりに

一夜明けて、気持ちが少し落ち着いたところで、

この先5年間は、末っ子が風邪をひきやすいので、休みを言い出さなくていいようにフリーランスの道を選んだのと思い至りました。

不確かな未来に今日も試行錯誤して生きています。

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